『自然の探究におけるアリストテレスの学問方法論に関する研究』 (1999)
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第1章 アリストテレスの自然学の構想 [original page p.6]

第1節 自然の探求
第2節 『分析論後書』の学問構想
第3節 『自然学』の学問構想
第4節 自然学の方法論
第5節 目的論的自然学の構想

第2章 アリストテレスの目的論的自然学 [original page p.21]

第1節 アリストテレスの目的論
第2節 目的論的自然始動因説への難問
第3節 目的論的自然始動因説の難問への論駁
  補遺──排除主義と還元主義
第4節 始動因としての自然
第5節 質料因としての自然

第3章 アリストテレスの目的論的自然学の擁護 [original page p.51]

第1節 目的論的自然学への現代的評価
  第1項 近代科学の目的論の否認
  第2項 現代生物学の合目的性理解
  第3項 アリストテレスの目的論の構図
第2節 自然学と第一動者
  第1項 目的論的自然学の拡張解釈
  第2項 自然学における第一動者の位置
第3節 自然と技術の類比
  第1項 二つの目的論──行為と機能
  第2項 一つの目的論──始動因と目的因の一致
  第3項 方法論的モデルとしての技術

第4章 原因の探求と定義の定式化 [original page p.68]

第1節 定義論の問題
第2節 存在概念の拡張
第3節 原因の存在把握
第4節 存在把握の成立
第5節 名目的定義
第6節 定義の確定

第5章 論証知と個別事象の認識 [original page p.85]

第1節 知識と必然性
第2節 自体性
第3節 全称性
第4節 普遍性の問題
第5節 個別命題の必然性

   [original page p.97]

文献表 [original page p.131]

(九州大学大学院博士論文甲
1998年11月30日受理、1999年3月25日学位取得)

    [ web 版では、ギリシア語のアクセント記号、気息記号、下書きのイオタ等表記しておりません。]    

    書誌情報

    ご論文等でご参照ご引用賜る場合にはメールにてご通知頂ければ幸いです。mail


 

                    

 本研究は、紀元前六世紀ミレトス派に始まる「自然の探求( περι φυσεως ιστορια ) 」以来、今日の自然科学に到るまで営々と続けられてきた自然を把握しようとする試みにおいて、最も影響力のあった一人、アリストテレス(384-322 BC)をとりあげ、彼の自然学( η φυσικη )の学問方法論を明らかにしようとするものである。

 我々の回りには、自然によって生成変化する物や現象があり、我々自身もまた生物として、自然によって生成する物である。自然とは、何よりそうした物や現象の始源であり原因であろう。或る者はそれらが組成される素材を自然と理解し、或る者は素材から形成される構造を自然と理解して、自然の探求に向かった。アリストテレスは、こうしたミレトス派以来の先行する自然学者の見解を批判的に検討した上で、自然の探求を四原因の探求として提示している。四原因とは、質料因、始動因、形相因、目的因である。自然を探求する者は、これら総てを探求しなければならない。その意味は、自然をこれら四原因のそれぞれとして捉え、探求しなければならないということである。

 しかし、これら四原因の探求は、それらをただ羅列することでは決してない。四原因はいわば概念的な連関において探求されるのである。アリストテレスは、先ず、自然事象の活動や機能を捉え、それを (1)目的因をする。そして、活動し機能する場面でこそ、その物の形や構造を捉えられるのであり、それが (2)形相因である。こうした形や構造を組成するのは、任意の素材ではなく特定の性質をもつ素材でなければならず、これが (3)質料因である。しかし、素材がひとりでに或る一定の形や構造を生成することがあるとしても、それは偶然によることである。素材を形相因に従い一定の仕方で恒常的に組成していくものがあり、それが (4)始動因である。このように、四原因は目的因を中心とする連関をなしている。こうした連関は、四原因の探求方式として、次のように定式化される(『自然学』U巻7章)。

(1) 目的因: 何故、目的Tであるのがよいのか
(2) 形相因: 目的Tが、Xであった
(3) 質料因: 目的Tがあろうとするならば、Xが必然的にある
(4) 始動因: Xから必然的に(恒常的に)目的Tが生じる

こうした探求方式にこそアリストテレスの自然学の方法論の根幹があると見定めたい。

 アリストテレスの自然学の方法論について典拠とされるテキストは、同時に、自然事象についての目的論の典拠とされている。アリストテレスの自然学は、評価されるにせよ批判されるにせよ、「目的論的」という特徴づけがなされてきた。それは正当なことであるが、先の目的因を焦点とした四原因の探求にこそ、その意味を理解すべきである。近年においても、物理主義の批判的検討という現代哲学のトピックを背景として、アリストテレスの自然事象についての目的論に関する多くの研究がなされている。しかし、そうした研究において、アリストテレスの目的論的自然学という構想の全容が理解されているとは思われない。必要であるのは、自然学が学問であるという観点である。

 アリストテレスの自然学の方法論の典拠として最も基本的なテキストは『自然学』第2巻であり、これが本論で主題的に扱う一方のテキストである。他に、『動物部分論』第1巻はアリストテレスの著作で大きな部分を占める動物論全体への序論に当たり、方法論を求めるべき基本的テキストである。また『形而上学』第1巻は四原因探求の歴史的経緯が述べられており重要である。本論は、こうしたテキストについても、『自然学』を補足するものとして参照している(後述の略記に従えば、『動物部分論』はPA、『形而上学』は Metaph. に当たる)。

 さて、本論で主題的に扱う他方のテキストは、アリストテレスの論理的著作の一つ『分析論後書』である。伝統的解釈において、アリストテレスの著作全体が体系的に理解される中で、『分析論後書』はまさに学問方法論を提供するものと考えられているのである。『分析論後書』は、当時、ユークリッド『原論』の成立(c.323 BC:ほぼアリストテレスの没年)を目前にして完成期を迎えていたギリシア数学を範として、論証による体系として学問(知識)のあり方を構想したものと見ることができる。論証による体系的学問構想とは、定義を起点として、諸命題が含む主語項と述語項とを、それぞれの項の定義によって連関づけることであるといってよい。論証とは、こうした連関づけである。この場合、論証や定義は事象の原因を構成要素とする点、そして、論証によって定義による連関づけがなされるとき必然性が保証される点が特に重要である。アリストテレスの自然学は、こうした『分析論後書』の学問構想を背景として成立している。このことが本論の一連の考察の焦点となるテーゼである。

 しかしながら、本論の目指すべき考察の方向は、アリストテレス研究における難問の一つに阻まれている。つまり、自然学に限らず彼の著作では、厳密にいって、『分析論後書』における論証体系としての学問構想が実現されてはおらず、学問構想と実際の著作との間に何らかの乖離が存在することは認めなければならないのである。そして、今日有力な解釈は、伝統的解釈に沿って『分析論後書』の学問論が自然学において方法論として保持されているとは考えておらず、むしろ著作の乖離を乖離のまま放置するという方策がとられている。その一つは、伝統的な体系的解釈に反目する発展史的解釈である。それによれば、初期作である『分析論後書』では数学を学問知識の範型とするプラトン的教説に影響されていたが(Solmsen) 、後には経験的或いは帰納主義的立場をとるとされる(Jaeger)。そのために自然学著作において『分析論後書』の構想は撤回されている訳である。また別の解釈では、『分析論後書』の学問構想は、教授・学習という限られた目的のために構想されたのであり、自然学著作はそれ以前の探求的または試論的段階であるとされる(Barnes)。もとよりこれらの解釈に立つ限りは、自然学的著作における自然探求の意味を『分析論後書』の学問論に求めることはできないのである。

 しかし、同時に指摘しなければならないのは、こうした解釈に対する批判を含む研究が近年なされつつあることである。特に本研究に関係する研究として、自然学のうち、特に動物学的著作において、その方法論の背景として『分析論後書』を考えなければならないという指摘である(Gotthelf, Lennox) 。もとより、こうした研究には大いに啓発される。しかし、本論が目指しているのは、自然学のより個別的な論点から『分析論後書』の学問方法論の有効性を考察するのではなく、あくまで、自然学が一般に成立するために提示された自然学の方法論の解明である。つまり、四原因を目的因を起点として必然的連関において探求するという方法を、『分析論後書』の学問構想に照らして解明することである。それは、単に叙述の何らかの照応ということだけではありえない。自然学という学問の成立を問うているのであり、学問の成立を主題する『分析論後書』の根幹に関わらざるをえないのである。それが明らかにされれば、自然学と『分析論後書』とを分断する解釈は自ずと退けられるであろう。

 本論は5章で構成される。その各々について各章冒頭に概要を与えているが、各章の要点を示しておきたい。

  第1章は、「自然の探求」という古代ギリシアの活動が、アリストテレスによって方法論的に明確にされ、近代に受け継がれる経緯を概観する。その場合、アリストテレスのソクラテスとプラトンからの継承を強調する(第1節)。そして、アリストテレスの『分析論後書』での学問構想と『自然学』の学問方法論を照応させる(第2−4節)。最後に、自然法則の確定と自然法則による自然事象の説明という近代自然科学の基本的方法論に即して、アリストテレスの目的論的自然学の構想を概観する(第5節)。

  第2章は、アリストテレスの目的論的自然学を『自然学』に即して解明する。これまでの解釈とは異なり、アリストテレスは先に掲げた四原因の探求方式に従い、目的因としての自然を起点として、始動因としての自然を論じるとともに(第1─4節)、質料因としての自然を論じている(第5節)点を明らかにする。始動因としての自然はアリストテレスにとって最も基本的な意味での自然理解であり、質料因としての自然は先行する自然学者に最も特徴的に見られる自然理解である。こうした四原因としての自然把握は、個々の領域での「自然の探求」の方法論を与えている。

  第3章は、目的論的自然学への批判を検討する。先ず、近代科学と対立的に理解される目的論の意味を明らかにし、現代生物学での「合目的性」の処理を検討する。そして、アリストテレスの目的論との対比を試みる(第1節)。そして、自然学で自然界の創造者が前提されている(第2節)、或いは行為をモデルとする自然の擬人化である(第3節)という主要な批判の論点を、テキストに即して退ける。

  第4章・第5章は、『分析論後書』へ移行する。各節は『分析論後書』独自の概念に即して分節されるため、本論全体への位置づけのみを明確にしておきたい。第4章・第5章は、アリストテレスの定義(論証)を自然科学の自然法則として見た場合、それぞれ、自然法則の確定と自然法則による個々の事象説明という点に関わる。

  第4章は、原因が定義(論証)として定式化される過程を考察する。個々の事象で原因が把握され、事象と原因との恒常的連関が定義に定式化されるといった見方を退ける。原因探求においては、予め(原因が結果づける)事象が一般的に捉えなければならないこと、そして原因は定義(論証)という枠組みの中で探求されることを明らかにする。こうした原因探求の方法は、個々の事象のあり方(恒常的連関)が例外を含むにも関わらず、定義(論証)の必然性を保証する。

  第5章は、定式化された定義が、個々の事象を知ることにいかに寄与しているかを考察する。この場合、自然事象に限定せず、一般的な仕方で考察する。個々の事象はいわば定義のもとに包摂される(個々の物を定義される限りのものとして捉える)ことで、個々の事象のあり方に関わらず、知るということにおいて必然的認識が成立することを明らかにする。

 本論において、アリストテレス著作への指示は、H.G.Liddell and R.Scott, A Greek-English Lexicon (Oxford) の略記に従う。しかし、指示箇所は、著作略記に後続するベッカー版頁づけによって特定されるので、改めてその略記を掲げることはしない(『分析論後書』と『自然学』については文脈上明らかな場合著作指示を省略している)。研究文献への指示は、それぞれの箇所でなされる。使用文献については別に文献表で示す。文献表では、その冒頭に記すように、文献のテーマ毎に分類して掲げる。アリストテレス研究文献については、研究過程で参照した特に関連する文献に限るが、本論では言及されない文献も含まれている。

 尚、本論第2─4章の大部分は公刊論文に由来するが、ほぼ全面的に書き改め見解の修正を含んでいる。第5章は、日本哲学会で発表した原稿に手を加えたものである。

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