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*(1) 以上は『自然学』二巻(特に七─九章)に基づき次で論じた。拙稿「アリストテレスの自然学成立における原因と必然性の問題」『西日本哲学年報』第2号、一九九四(より詳しくは、『自然の探究におけるアリストテレスの学問方法論に関する研究』〔以下『自然の探究』と略記〕九州大学大学院博士論文(甲)、一九九九年、第2章)。こうした見方は次の研究で彼の生物学著作から支持される。J.G.Lennox,"Material and Formal Nature in Aristotle's De Partibus Animalium", Proceedings of the Boston Area Colloquium in Ancient Philosophy 11,1995.尚、以下ではアリストテレスに関しテキストの箇所のみ指示するに留める。

*(2) E.Mayr, Toward A New Philosophy of Biology, Cambridge,Mass.,1988,pp.24-26. 八杉貞雄・新妻昭夫訳『進化論と生物哲学』東京化学同人、一九九四、二八─二九頁。cf. E.Mayr, This is Biology, Cambridge,Mass.,1997,pp.119-120.

*(3) Mayrはこうした過程を「目的律的(teleonomic)」と呼ぶ。Mayr,op.cit.,p.45. 同訳書五一頁。

*(4) 分子生物学者 Delbrück による(未見)。Mayr は近年のアリストテレス研究も参照してこれを支持する。Mayr,ibid,pp.55-57,60-61. 同訳書六四─六六、七〇頁。

*(5) しばしば言及される次の論文(の題目)を参照。Th.Dobzhansky,"Nothing in biology makes sense except in the light of evolution", American Biology Teacher 35,1973,rep.in M.Ridley ed., Evolution, Oxford,1997. cf. E.Sober, Philosophy of Biology, Oxford,1993,pp.5-7.

*(6) cf. S.Sambursky, The Physical World of the Greeks,tr.M.Dagut,London,1956,p.84.

*(7) pace B.Russell,"On the Notion of Cause",in Mysticism and Logic, London,1917.

*(8) この点は、近世において、古代中世から唯一保持された点とされる。K.Clatterbaugh, The Causation Debate in Modern Philosophy 1967-1739, London,1999,pp.207-208. 現代については、e.g. W.C.Salmon,Four Decades of Scientific Explanation,Minneapolis,1990,p.5.

*(9) こうした対比は近世初頭における基本的意味であったと思われる。e.g. R.Boyle,"About the Excellency and Grounds of the Mechanical Hypothesis",in M.A.Stewart ed., Selected Philosophical Papers of Robert Boyle,1979,rep.Indianapolis,1991,pp.138-39.

*(10) e.g. G.Ryle,The Concept of Mind,1949,rep.Chicago,1984,pp.81. 坂本百大他訳『心の概念』みすず書房、一九八七、一〇七頁。

*(11) ヒュームが原因論の中で愛好した事例であるが、そこでは、ボールの運動のみで打者は現れない。この事例は Abstract で最も集中的に用いられている。A Treatise of Human Nature, eds.D.F.Norton and M.J.Norton,Oxford Philosophical Texts,Oxford,2000,pp.409-412 (Selby-Bigge,Nidditch,pp.649-654). cf. Ryle,ibid,pp.79-80. 同訳書一〇六頁。

*(12) ここに描いたことは、動作の結果によって動作を規制する「フィードバック」機能(と記憶機能)のある機械によって実現可能であろう。かつて「ネガティブ・フィードバック」(魚雷モデル)によって目的論を捉えようとする試みがあった。cf. Salmon,op.cit.,p.27.

*(13) ゲームに勝つことは賞金をえるためかもしれない。しかし、賞金をえる手段は他にもありゲーム内容を規制するものとならない。その意味で賞金をえることは、人間の振舞いの目的であっても、ゲームの目的ではないであろう。

*(14) この点に近世以前の原因論が "Forms preexist in efficient causes"と定式化される意味がある。近世で最終的には "Anything may produce anything [Hume,op.cit.,p.116(Selby-Bigge,Nidditch,p.173)]"となる(本論での"x→ f(x)"に応じよう)。こうした定式化は次による。Clatterbaugh,op.cit., p.207.

*(15) この点が創造説の論拠の一つとなる。創造説として有名な Paley の議論(1805)は、Sober の分析では、(1) 生物に関して想定可能な原因にはランダムな物理力と知的存在者という選択肢しかなく、(2) 物理力ではないという二つの前提から、創造説を導くものである。Sober,op.cit.,pp.30-36. 後に見る自然選択説は(1) に対して他の選択肢があることを示す。

*(16) モノーがしばしばDNA還元主義者とされる(e.g.Mayr,op.cit.,p.243,前掲訳書二七一頁) 。しかし彼は自然選択説の役割を認識している。J・モノー『偶然と必然』渡辺格・村上光彦訳、みすず書房、一九七二、二五─二六頁。次で合目的性に関わる彼の見解を概観した。『自然の探究』第3章第1節第2項。

*(17) ここではモノーに従い確率的偶然を想定しているが、DNAの変化に関する近年の研究成果について、松原謙一・中村桂子『生命のストラテジー』増補新版、早川書房、一九九六、X章参照。

*(18) この二種の偶然は、モノーが述べるものと重なる。モノー前掲書一三三頁。ダーウィンが区別していることも次で指摘される。Mayr,op.cit.,p.165.前掲訳書一八五頁。

*(19) 『種の起原』第一版頁付による指示が慣例化しているけれども参照できなかったので、( )内に、八杉龍一訳『種の起源〔初版〕』岩波書店、一九九〇、上巻の頁数のみ指示し、下巻は「下」を付記する(ただし訳文は一部改変している)。本論文での使用テキストは、Ch.Darwin, The Origin of Species [2nd ed.],ed.G.Beer,Oxford,1996. 自然選択の定義的叙述は『種の起原』の少なくとも三箇所にある(八六─八七、一一二、一七〇)。本文の定式化は第三章「自然選択」末尾の要約に見られるもので、それぞれの項目の論理的関係も明示されている("If[A1]...;if[A2]...;then[A].... But if[A]...;and from[B]...") 。

*(20) Lewontinによる「変異(A1)、遺伝(B) 、適応度の差(A) 」という定式化がしばしば用いられる(適応度については後註(25)) 。esp.R.C.Lewontin,"Adaptation", Encyclopedia Einaudi,Milan,1980,rep.in E.Sober ed.,Conceptual Issues in Evolutionary Biology[1st ed.], Cambridge,Mass.,1986,p.244.

*(21) 有利な変異があることは論じるべきことであったのに対し、遺伝は事実であった(二六)。しかし、ダーウィンは遺伝の仕組みに関しメンデル的遺伝もDNA複製も知らなかった(cf. 二七)。

*(22) 適応と多様性という二つの問題の重要性は次で強調される。E.Mayr, op.cit.,Pt.4,esp.p.187. 前掲訳書二〇七一二〇八頁。

*(23) こうした場合に自然選択が最も顕著であるとされる(一四九、cf. 一〇五)。

*(24) ダーウィンは生物の「構造、体質、習性(structure,constitution,and habit: 例えば、一七一)」を挙げる。

*(25) 「生存に寄与する」とは「適合性(fittness)」という概念でいわれることであり、それが数値化(或いは指標化)され「適応度(fittness)」と呼ばれる。「適合性(適応度)」に関しては論じるべき問題があり、また「適応(adaptation)」と混乱を招くこともあり、本論文では用いない。

*(26) この点で、ダーウィンは(彼自身はアリストテレスに帰すが)エンペドクレスの適者生存説(Physica, U8:198b23-32)を不十分と判定していると考えられる(三六〇─三六一)。実際エンペドクレスは遺伝(種子)を認めていない(ibid,199b13-14,De Partibus Animalium,T1 :640a19-25) 。この遺伝(複製)という点での機械論(U:物理主義)の否定として、モノー前掲書一三六頁。

*(27) 現在この点に関し異論があるが、その重要性は次で強調される。R・ドーキンス『ブラインド・ウォッチメイカー』中嶋康裕他訳、早川書房、一九九三、特に上巻3章。

*(28) e.g. M.Ridley,"Introduction [to the Section of Adaptation]",in M.Ridley ed., op.cit.,p.109.

*(29) U節で述べたように機械論(T)を目的論に読み変えうるのは、原因(形態)から結果(機能)から原因(形態)が一つに定まる場合である。この点は別に論じるべきであるが、生物学では現実の一つの形態を重視し、或る機能の実現にその形態が必要である点でその形態を機能によって説明するものであると考える。

*(30) D.C.Dennett, Darwin's Dangerous Idea,Harmondsworth,1995,pp.212-213.この箇所を含む章は"Biology is Engineering"と題されている。

*(31) cf. Dennett,ibid.,p.212. これは「適応主義」と呼ばれるそれ自体論じるべき問題である。その近年の研究概要として、E.Sober,"Six Sayings about Adaptationism",in D.L.Hull and M.Ruse eds., The Philosophy of Biology,Oxford,1998.

*(32) アリストテレスの自然と技術の類比について、拙論で技術が自然探求の方法論的モデルであることを論じたが(『自然の探究』第3章第3節第3項)、逆設計工学という視点はより立ち入った考察を可能にするであろう。cf. J.G.Lennox,op.cit.,pp.219-220.

 

 

 

 

 

 



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